PLAYER'S STORY

中村 謙吾 Kengo Nakamura

J3昇格を目指し、奈良の地で戦う25人の選手たち。
「何故、サッカーなのか」「何故、奈良なのか」選手それぞれの“物語”に迫る。
(ホームゲーム週に2人ずつ更新予定)

#4 中村 謙吾
サッカーに対し熱い情熱を注いできた。
しかし一昨年、自身初の怪我により挫折を経験。
挫折を乗り越えた中村が叶えたい夢とは——

 

あの選手に衝撃を受けた幼少期

ㅤサッカーを始めたのは小学校低学年でした。家の前の小学校で練習していたのが野球チームとサッカーチームで、周りの友達がサッカーチームに入ったのでつられて僕もサッカーチームに。今でも思い出に残っている試合があって、小学校5年生の時なんですけど、宇佐美貴史選手(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)にキックオフシュートを決められたんです。あ、次元が違うなと思いましたね()。子供の頃は“サッカー選手”というものはそんなに意識していなかったですが、次第に好きなサッカーをして生活ができるのであればサッカー選手を目指したいと思うようになっていました。

試合に出ることが一番の成長
ㅤ小学校から今まで、フォワードもやったしサイドバック、ボランチなどいろんなポジションをやってきたんですけど、特にポジションに対するこだわりとかはないんですよね。僕は試合に出ることが一番だと思ってて。試合に出ることでしか経験できないものってやっぱり多くて、試合に出ること成長につながると感じているんです。試合に出ることはスタートラインに立ったというだけ。試合に出て満足ではなく、監督が勝利をするために選んでくれたのでどこのポジションでも頑張ります。

自身初の怪我で味わった挫折
ㅤ一昨年に膝を怪我して試合に出られない時期がありました。ピッチでプレーする選手を外から見て「なんで自分はここにいるんだろう」と思いましたね。それまで怪我などでチームを離脱することがなかったので、離脱してみて初めて試合の日にメンバー外の選手がどんなことをしているかを知ったんです。今思えばチームを離れたのは一ヶ月間でしたが、その一ヶ月間の経験は挫折でもあり学びでもあり、貴重な時間になったように思います。

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三宅町のスター

ㅤ昨シーズンの前期は良かったと思うんですけどね。夏の中断期間の間に、後期に向けてもう一段階“チームとしての質”をレベルアップできていれば変わっていたかもしれないと今では思います。

ㅤそれから監督が変わって、チーム全体も僕自身も良い意味で真面目になったように感じてます。杉山監督は「私生活でも勝つ確率を上げろ」とよくおっしゃるのですが僕もその通りだと思ってます。全員平等に与えられた時間の中で、サッカー以外の時間をどう過ごすか。何もせず過ごしてしまうか、自分の体づくりの時間にするか。勝つ確率を上げるためにはやる価値は十分にあるかと思っています。

ㅤ今年から週三回サッカースクールでコーチを始めたんですよ。僕は奈良県三宅町在住なのですが、ありがたいことに三宅町長さんがとても応援してくださっているんですよね。これからはこういった時間を増やして、三宅町のためにも何かしたいと思っています。その点、今年は自分を客観的に見つめる時間が増えたように感じています。

短所は長所でもある
ㅤそんな僕のプレーの特徴は対人に強いことです。僕はDFとして試合に出ることが多いのですが、相手が良い持ち方をしている時に前に詰めるのって結構難しいんです。でもそこを詰めることができるのが僕の強みです。僕は自己分析をしているので短所を把握して、長所に変えられるように生かすプレーを心がけています。例えば僕は足が遅い方なので、自分の背後を取られたらコースを予測してカバーに行くとかですね。ぜひそんなところも見てみてください。

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3月16日(土)掲載分

Jリーガーのパパになる

ㅤ僕は子供が3人いるのですが、“Jリーガーのパパ” っていうのが夢なんです。奈良クラブに入団した理由もこれを叶えるため。僕思うんですけど、お父さんが仕事している姿を見れることって、滅多にないと思うんですよね。でもサッカー選手はそこを見せることができる。自分がプレーする姿を見て何かしら感じてもらえる人がいたら嬉しいですね。奈良クラブはJリーグに上がれるチームだと思っています。自分の夢を叶えるためにも昇格したいです。
ㅤそのために開幕戦はチームとして勝利は大前提。勝った時に出ている選手はもちろん、出ていない選手も素直に喜べるようにチーム一丸となって戦いたいです。試合に出ている人は出ていない人の分の想いを背負って頑張らなきゃですね。

奈良クラブに入ったもう一つの理由
ㅤ実は奈良クラブに入ったのにはもう一つ理由があって。前に所属していた佐川印刷の時、最終節で奈良クラブと試合をしたんですけど、敵ながらその時の応援がすごいなと感じて、「俺もあの声援の中でサッカーがしたい」って思ったんですよね。当時のJFLの中で奈良クラブの応援は飛び抜けていました。そんな奈良クラブを応援をしてくださる方々に恩返ししたいです。

背負うものがあるから強くなれる
ㅤ奥さんには本当に感謝しています。前のチームが解散してしまう時に、サッカーを続けようかやめようか迷っていたんですよね。でも奥さんはサッカーをしているところをまだ見ていたいって言ってくれて。奥さんに支えられて今僕はサッカーができています。 “Jリーガーのパパ”になるべく、気合いで戦い抜きますので、応援をよろしくお願いします。