J3昇格を目指し、奈良の地で戦う27人の選手たち。
「何故、サッカーなのか」「何故、奈良なのか」選手それぞれの“物語”に迫る。
(ホームゲーム週に更新予定)
#41 金 弘淵
“奈良クラブをJへ昇格させるため”移籍を決意。
どのチームでも好かれる人望の厚い金が、
応援してくださる方への想いを語る。
男はサッカーをするもの
ㅤ幼稚園から中学生まで同じ敷地内にある学校に通っていて、学校自体にサッカー部しかなかったんですよね。幼稚園の頃から年上の方がサッカーをしている姿をみていて、男はサッカーをやるもんだ、と思って気がついたら始めていました。クラブチームと学校で、両方でサッカーをしていたんですけど、その頃もFWでしたね。点を取るのが楽しくて、そのまま今もずっとFWです。他のポジションは難しすぎて(笑)。
プロを意識して上京
ㅤ大学からは地元名古屋を離れて、東京の大学に進学しました。地元を離れることに特に迷いはなくて、幼い頃から“プロサッカー選手”を意識していたので、関東はプロへの目にかかる機会が多いと思って朝鮮大学を選びました。大学4年間はひたすらシュート練習ばかりしてましたね。今横浜F・マリノスの朴一圭さんに付き合ってもらったりして、多いときは1日100本近く打ってたこともあります。今思えばもっと他の練習もしておけば良かったとも思いますが、そのおかげでシュートには自信を持てるようになりました。
内定かと思いきや
ㅤ大学4年の12月にとあるJクラブに練習参加していて、試合に出たんですよね。そのとき調子が良くて得点を取ることができたんですよ。そのときチーム内でFWを獲得したいという噂が流れていたみたいで、僕が加入するという記事が先に出てしまって(笑)。大学4年生の冬という時期も時期ですし、他のチームも決まっていなかったので、正直期待してしまいました。
ラストチャンスをものにする
ㅤ結局そのチームには決まらなくて。落ち込みましたね…。でもなんとしてでもサッカーがしたかったので、またいろんなチームのセレクションに参加しました。年が明けて1月、福島ユナイテッドFCのキャンプに呼んでいただきました。時期的にも実質ラストチャンスですよね。そのキャンプにもう一人同い年の人もFWで練習参加していたんです。「あ、どっちかだな。」って思いました(笑)。
ㅤそのキャンプで調子も良くて無事にチームを決められてホッとしたのと、これからの不安とで半々でしたね。与えられた環境で結果を残して頑張ろうと思いました。
ㅤ福島での生活を始めた時は、ちょうど震災の後で。町に仮設住宅があったりとか、サポーターの中にも避難をしている方がいて。そういった方々を身近に見て、自分はサッカーで元気付けたいと思っていました。
東北での6年
ㅤその後は福島からグルージャ盛岡(現:いわてグルージャ盛岡)、そしてヴァンラーレ八戸と、どんどん北上して行きました(笑)。僕にとって東北は、人が温かったですね。あとは自然が本当に豊かで。それまで全く自然に興味がなかったんですけれど、今では自然大好きになりました。今でも奈良に来て自然豊かなところに出かけているくらいです。最近だと谷瀬の吊り橋に遊馬選手と行ったり、奈良の自然を満喫しています。
11月9日掲載分
身近に感じられる選手に
ㅤ今年に入ってSNSを積極的に使うようになりました。ファンの人に選手をもっと身近に感じて欲しいと思って更新しています。奈良クラブに来る前のチームの方も応援してくださるのを感じられるので嬉しいです。ファンの方と向き合っていくなかで、試合に出ている出ていない、結果が出ている出ていない関係なく、選手のことを知りたい人が多いように思いました。これからも自分の想いを発信していきたいと思います。
無類のゴールハンター
ㅤ奈良クラブに加入してから毎試合シーズン最多入場者数が更新されていて嬉しい限りです。結果が出せてないので不甲斐ない想いもありますが、残り4試合奈良クラブとして戦い抜くところを見せたいです。気持ちのこもったプレー、クロスに合わせる動き出し、そして競り勝つところなどですね。まだ2点しか取れていないので、奈良クラブに来てよかったと思ってもらえるように得点で返します。最後まで一緒に戦ってください。